未払い養育費の強制執行では、差押えに使える書面と、差し押さえる給与または預貯金の情報が必要です。
ただし、書面が足りない場合や、相手の勤務先・口座が分からない場合でも、そこで回収を諦める必要はありません。先に債務名義を得る手続や、財産情報を調べる手続を行うことで、差押えにつながる場合があります。
手元の書面と、判明している相手の財産によって、最初に行う手続が変わります。
養育費の強制執行ができるのは、どのような場合ですか?
今すぐ差押えを申し立てられるかは、次の3つのどれに当てはまるかで分かります。
調停調書などがあり、勤務先または口座も分かっている場合
調停調書、審判書、判決書、強制執行認諾文言付き公正証書などがあり、相手の勤務先、または利用している金融機関と支店が分かっていれば、給与や預貯金の差押えを申し立てられる可能性があります。
ただし、書面を持っているだけで差押えが始まるわけではありません。調停調書なら正本と送達証明書、審判書なら正本・確定証明書・送達証明書、公正証書なら正本・執行文・送達証明書というように、書面に応じた証明書が必要です。
強制執行に使える書面はあるものの、勤務先や口座が分からない場合
差押えの申立書には、給与なら勤務先名と所在地、預貯金なら金融機関名と支店名を記載します。そのため、相手にどのような財産があるか分からないまま、「裁判所で探して差し押さえてほしい」と申し立てることはできません。
この場合は、財産開示や第三者からの情報取得によって、勤務先・預貯金情報を得られるかを先に検討します。養育費等のワンストップ執行手続を利用できる場合は、勤務先情報の取得から給与差押えまでを一つの申立てで行えます。
離婚協議書、合意書、LINEしかない場合
父母だけで作った離婚協議書や合意書、LINEのやり取りは、養育費の約束を示す資料にはなります。しかし、通常の債務名義に基づく強制執行では、そのまま給与や預貯金を差し押さえることはできません。
相手と合意できる場合は強制執行認諾文言付き公正証書を作り、合意できない場合は養育費請求調停などで債務名義を得る方法があります。2026年4月1日以後に発生した養育費については、合意書面を根拠とする先取特権を利用できる場合があるため、離婚時期、養育費が発生した時期、書面の内容を分けて考える必要があります。

給与と預貯金のどちらを差し押さえるべきでしょうか?
給与と預貯金のどちらがよいかは、相手の勤務状況と口座残高によって変わります。勤務先が分かり、今後も働き続ける可能性が高い場合は、給与差押えの方が継続的な回収につながりやすくなります。利用している口座と支店が分かり、まとまった残高があると見込める場合は、預貯金差押えが候補になります。
| 比べる点 |
給与差押え |
預貯金差押え |
| 回収の対象 |
毎月支払われる給与の一部 |
差押命令が届いた時点の口座残高 |
| 向いている状況 |
勤務先が分かり、継続して働いている |
金融機関と支店が分かり、残高が見込める |
| 回収が止まる主な事情 |
退職・転職、給与が少ない、ほかの差押え |
残高不足、口座・支店の違い、ほかの差押え |
| 今後の養育費 |
未払いがあり、同じ勤務先で給与支給が続く場合は、条件を満たす将来分も対象になることがある |
原則として支払期日を過ぎた未払い分が対象 |
給与差押えで将来分も対象にした場合、相手が同じ勤務先で働き、給与の支給が続く限り、毎月の支払期日を迎えた養育費も継続して取り立てられることがあります。毎月新しい差押えを申し立てる必要はありません。ただし、相手が退職すれば、その勤務先からの回収は止まります。
未払い額が大きく、相手の口座に十分な残高があると見込めるなら、預貯金差押えでまとまった回収を目指す方法があります。一方、普段使っている口座が分かっていても、差押命令が届いた時点で残高がほとんどなければ、その申立てで受け取れる金額は少なくなります。
相手が長く同じ会社に勤めており、口座残高が分からない場合は、給与差押えの方が継続した回収を見込みやすくなります。転職を繰り返しているものの、入金先として使っている口座と支店が分かり、残高も見込める場合は、預貯金差押えを先に考える余地があります。
勤務先と口座の両方が分かっている場合は、未払い額、給与から毎月回収できる見込み、口座残高、退職の可能性、申立費用を比べます。両方を対象にすることも考えられますが、最初からすべてへ申し立てるのではなく、回収につながる可能性が高い財産から選ぶ方法もあります。
勤務先も口座も分からない場合、すぐに差押えは申し立てられません
強制執行に使える書面があっても、差し押さえる財産が分からなければ、申立書を完成させることができません。裁判所は申立てを受けてから相手の財産を探すのではなく、申立書に記載された勤務先や金融機関へ差押命令を送るからです。
財産が分からない場合は、次の手続によって情報を得られるかを検討します。
- 財産開示手続で、相手本人に財産を開示させる
- 第三者からの情報取得手続で、勤務先や預貯金情報を取得する
- 養育費等のワンストップ執行手続で、勤務先情報の取得と給与差押えを一体で申し立てる
どの手続を利用できるかは、手元にある書面と、これまでに判明している情報によって異なります。勤務先が分からないのに給与差押えの書類を作り始めるのではなく、先に情報を得る手続が必要かを判断した方が、申立てのやり直しを避けられます。
申立てに必要な書類は、手元にある書面によって変わります
債権差押命令申立書、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録は、債権差押えを申し立てる際の基本書類です。ただし、添付する正本や証明書は、養育費を決めた書面によって異なります。
調停調書を使う場合
通常は、調停調書の正本と送達証明書を取得します。養育費だけを請求する場合、執行文は原則として不要です。
審判書を使う場合
審判書の正本、確定証明書、送達証明書が必要です。審判が確定していることを裁判所へ示すため、確定証明書が加わります。
強制執行認諾文言付き公正証書を使う場合
公正証書の正本、執行文、送達証明書が必要です。手元の謄本だけではなく、強制執行に使う正本と執行文を公証役場から取得します。
このほか、勤務先や金融機関の代表者事項証明書、相手の住所・氏名が変わっている場合は変更のつながりを示す住民票や戸籍等が必要になることがあります。裁判所へ提出する前に、申立先の案内で必要部数と郵便料も調べておくと、追加提出を減らせます。
強制執行には、裁判所へ納める費用以外にも支出があります
債務名義に基づく債権差押命令の申立手数料は、債務名義1通、相手1人、勤務先または金融機関1か所という一般的な申立てでは、原則として4,000円の収入印紙です。このほか、裁判所ごとに定められた郵便料、送達証明書、代表者事項証明書、住民票等の取得費用がかかります。
勤務先や金融機関を複数指定する場合、債務名義や相手が複数の場合は、申立手数料や郵便料が増えることがあります。弁護士へ依頼する場合は、裁判所へ納める費用とは別に弁護士費用も必要です。
費用をかけて申し立てる意味があるかは、回収できる財産の見込みによって変わります。勤務先が分かり、相手が継続して働いているなら、給与差押えによって今後も回収できる可能性があります。一方、すでに退職している、口座残高が見込めない、ほかの差押えがあると分かっている場合は、先に財産情報を調べる方が現実的なこともあります。
裁判所費用の金額だけではなく、差し押さえられる財産が現実にあるかを考えることが重要です。
申立て後も、裁判所が自動で養育費を振り込むわけではありません
地方裁判所が債権差押命令を出すと、先に相手の勤務先や金融機関へ命令が送られ、その後、相手本人へ送られます。勤務先や金融機関へ命令が届いた時点で、対象となる給与・預貯金について差押えの効力が生じます。
相手への送達から1週間が経過した後は、申立人から勤務先や金融機関へ連絡し、支払方法や送金先を伝えて、差し押さえた金銭の取立てを求めます。裁判所が相手の給与や口座から引き出し、申立人の口座へ自動送金する仕組みではありません。
金銭を受け取った後は、受け取った金額を記載した取立届を裁判所へ提出します。差押債権目録に記載した金額をすべて回収した場合は、取立完了届を提出します。
退職や残高不足で回収できなくても、未払い分が消えるわけではありません
給与差押えの途中で相手が退職すると、旧勤務先からの回収は止まります。転職先が分かった場合は、新しい勤務先を第三債務者として、改めて給与差押えを申し立てることになります。
預貯金差押えで残高が不足していた場合は、その申立てで受け取れるのは差押時点の残高までです。別の口座や勤務先が分かれば、残っている未払い額について別の差押えを申し立てる方法があります。
すでにほかの債権者が差押えをしている場合も、配当の順序や金額によって全額を回収できないことがあります。差押命令が出ることと、未払い養育費を全額回収できることは同じではありません。
最初に行うことは、手元の書面と財産情報で決まります
強制執行に使える書面と勤務先・口座の両方が分かっている場合
未払い月、各月の支払期日、一部入金、未払い合計額を月ごとに整理し、手元の書面に応じた正本・証明書を取得します。そのうえで、給与と預貯金のどちらが回収につながりやすいかを考え、原則として相手の住所地を管轄する地方裁判所へ申し立てます。
強制執行に使える書面はあるものの、勤務先・口座が分からない場合
差押えの申立書を作る前に、財産開示、第三者からの情報取得、ワンストップ執行手続のうち、利用できる手続を調べます。財産情報を得られた後に、その勤務先や金融機関を対象とする差押えを申し立てます。
離婚協議書やLINEしかない場合
通常の債務名義に基づく差押えへ直ちに進むのではなく、公正証書を作れるか、養育費請求調停等が必要か、先取特権を利用できる養育費かを分けて考えます。
ご自身の書面で強制執行を申し立てられるか、給与と預貯金のどちらを対象にすべきか分からない場合は、書面の内容と判明している相手の財産をもとに弁護士へご相談ください。