養育費の未払いが続いていても、相手の勤務先が分からなければ、給与を差し押さえることはできません。このような場合に、勤務先を調べる手続と給与差押えを一度の申立てで進められるようにしたのが、2026年4月1日に始まった「養育費等のワンストップ執行手続」です。
未払い養育費について相手の勤務先が分からない場合に、勤務先情報の取得から給与差押えまでを一度の申立てで進める手続です。
申立てをすれば直ちに給与が差し押さえられるわけではありません。裁判所の手続によって勤務先と給与を特定できた場合に、給与差押命令の審理へ進みます。
養育費等のワンストップ執行手続とは?
これまでは、財産開示や第三者からの情報取得で相手の勤務先を調べた後、別に給与差押えを申し立てる必要がありました。
ワンストップ執行手続では、財産開示または給与に関する第三者からの情報取得と、勤務先が判明した後の給与差押えを一括して地方裁判所へ申し立てます。給与差押えを希望しない旨を記載しない限り、判明した給与への差押命令も申し立てたものとして扱われます。「ワンストップ」とは、勤務先を調べる手続と、その勤務先から支払われる給与を差し押さえる手続を一つの申立てでつなぐという意味です。
対象は給与です。預貯金や不動産を同じ申立てで調べて差し押さえる制度ではありません。
ワンストップ執行手続には2つの方法があります
どちらの方法からでも自由に始められるわけではありません。相手について過去3年以内に財産開示期日が実施されているかによって、選べる方法が変わります。
1. 財産開示から始める方法
相手について過去3年以内の財産開示期日がない場合は、通常はこちらから始めます。
裁判所は相手に財産目録の提出を命じ、財産開示期日を指定します。相手はその期日で財産について述べます。勤務先と給与が明らかになり、差し押さえる給与を特定できれば、裁判所が給与差押命令を出せるかどうかの審理へ進みます。
相手が財産を開示しなかった場合は、申立人が反対の意思を示していなければ、市区町村から給与に関する情報を得る手続へ進むことがあります。市区町村から勤務先情報を得られれば、その勤務先から支払われる給与を対象に差押命令の審理が続きます。
ただし、相手が過去3年以内の財産開示期日に財産を開示している場合は、原則として新たな財産開示は利用できません。前回に開示されなかった財産がある、新たな財産を得た、前回後に雇用関係が終わったなどの事情がある場合は例外があります。
2. 第三者から勤務先情報を取得する方法
相手について申立日前3年以内に財産開示期日が実施されている場合は、給与に関する「第三者からの情報取得手続」から始められます。
裁判所が、申立書に記載した市区町村、日本年金機構、共済組合などへ情報提供を命じ、相手の勤務先と給与に関する情報を得ます。市区町村を指定するときは、原則として、その年の1月1日時点で相手が住んでいた市区町村を記載します。
前の財産開示期日に相手が出頭しなかった場合や、出頭しても財産を述べなかった場合でも、期日自体が実施されていれば、この方法を利用できることがあります。
ワンストップ執行手続を利用できる場合
養育費が未払いになっているだけでは、この手続を始めることはできません。次の条件を満たす必要があります。
未払い養育費を請求する根拠があること
調停調書、審判書、判決書、和解調書、強制執行認諾文言のある公正証書など、強制執行に使える書面がある場合は、その書面を根拠に申し立てられます。これらの書面を「債務名義」といいます。
2026年4月1日以後に支払期限を迎えた養育費は、父母が作成した合意書を根拠に、子ども1人につき月8万円を上限とする先取特権を利用できる場合があります。先取特権とは、未払い養育費をほかの一般的な債権より優先して回収できる権利です。
また、2026年4月1日以後に協議離婚した場合、または父が子どもを認知した場合は、法定養育費を根拠に利用できることがあります。対象となるのは、養育費を取り決めておらず、離婚または認知の時から引き続き子どもを主に育てている父または母です。金額は子ども1人につき月2万円で、父母が養育費を取り決めた日、養育費の審判が確定した日、子どもが成年に達した日のうち、最も早い日までが対象です。
強制執行をしても全額を受け取れなかったか、調べても差し押さえる財産が見つからないこと
財産開示または第三者からの情報取得を申し立てるには、原則として、次のどちらかを資料で示す必要があります。
- 申立日前6か月以内に行われた強制執行または先取特権による差押えで、配当や弁済金の交付を受けても、未払い養育費の全額を受け取れなかった
- 通常行うべき財産調査を行い、判明した財産への強制執行などをしても、未払い養育費の全額を受け取れないことが分かった
1の場合は、配当表や弁済金交付計算書などを提出します。2の場合は、財産調査結果報告書と、調査結果を裏付ける資料が必要です。単に「勤務先が分からない」というだけでは、この条件を満たしません。
どこの裁判所へ申し立てる?
申立先は、原則として相手の現在の住所地を管轄する地方裁判所です。養育費を決めた家庭裁判所や、自分の住所地を管轄する裁判所とは限りません。
地方裁判所の本庁と支部のどちらへ出すかも、相手の住所によって決まります。裁判所の公式案内にある「申立書提出先一覧(地方裁判所)」で確認してください。
申立書は書面で作成し、担当窓口へ持参するか、申立先の案内に従って郵送します。郵送先の部署、提出部数、郵便切手は裁判所ごとに確認が必要です。
ワンストップ執行手続を申し立てる方法
1. 財産開示と第三者からの情報取得のどちらから始めるかを決める
申立日前3年以内に相手の財産開示期日が実施されていなければ、財産開示から始めます。3年以内に期日が実施されていれば、第三者からの情報取得を選べます。
2. 未払い養育費の根拠に合う申立書を選ぶ
裁判所は、財産開示から始める場合と第三者からの情報取得から始める場合について、それぞれ次の根拠に対応した一括書式を用意しています。
- 調停調書、公正証書、判決書などの債務名義を根拠にする書式
- 父母が取り決めた養育費の先取特権を根拠にする書式
- 法定養育費の先取特権を根拠にする書式
債務名義と先取特権の両方を使う場合など、複数の根拠を併せるための書式もあります。手元の書面と未払いが発生した時期に合う書式を選んでください。
3. 申立書と目録へ必要事項を書く
債務名義を根拠にする場合は、申立書頭書、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録を作成します。先取特権を根拠にする場合は、請求債権目録の代わりに「担保権・被担保債権・請求債権目録」を使います。
請求債権目録には、未払いになった月、各月の養育費、受け取った金額、請求する残額などを書きます。差押債権目録には、勤務先が判明したときに差し押さえる給与を記載します。ワンストップ執行手続の対象は給与なので、預貯金は記載しません。
4. 根拠書面と必要な資料を添える
必要書類は、債務名義、父母の合意書、法定養育費のどれを根拠にするかによって変わります。詳しい内容は次の項目で説明します。
5. 収入印紙と申立先が指定する郵便料を用意する
財産開示から始める場合は原則2,000円、第三者からの情報取得から始める場合は原則1,000円の収入印紙を申立書へ添えます。郵便切手や予納金は地方裁判所ごとに金額が違います。
6. 管轄の地方裁判所へ提出する
申立書、目録、添付書類、収入印紙、裁判所が指定する郵便切手などをまとめて提出します。提出後、記載の訂正や追加書類を求められた場合は、裁判所から指定された期限までに提出してください。
申立てに必要な書類
必要な書類は、未払い養育費の根拠と、選んだ方法によって変わります。
どの方法でも用意する書類
- 選んだ方法と根拠に対応する一括申立書、当事者目録、請求債権目録など
- 申立日から3か月以内に発行された相手の住民票の写し
- 6か月以内の強制執行で全額を受け取れなかったことを示す資料、または財産調査結果報告書と裏付資料
- 書面に記載された氏名や住所が現在と違う場合は、その変更のつながりが分かる住民票、戸籍謄本、戸籍の附票など
調停調書、公正証書、判決書などを根拠にする場合
- 執行力のある債務名義の正本
- 債務名義が相手に送達されたことを示す送達証明書
- 公正証書、判決書、和解調書など、書面の種類に応じて必要となる執行文
- 審判書を使う場合の確定証明書
調停調書の正本は通常、執行文を付けずに使えます。どの証明書が必要かは書面の種類によって違うため、発行した裁判所や公証役場で確かめてください。
父母が作成した合意書を根拠にする場合
父母の合意書は、2026年4月1日以後に支払期限を迎えた養育費について、先取特権を証明する書面として使える場合があります。合意書に相手の署名や押印があっても、それが相手の意思で作られたことを示す印鑑登録証明書や離婚届など、追加資料が必要になることがあります。
法定養育費を根拠にする場合
- 申立人と子どもの戸籍謄本(全部事項証明書)
- 子どもを含む世帯全員の住民票の写し
いずれも申立日から3か月以内に発行されたものを用います。離婚時から継続して子どもを主に育てていることが住民票だけでは分からない場合は、学校や保育園との継続的なやり取り、子どもを同居者として記載した賃貸借契約書などを追加で求められることがあります。
第三者からの情報取得から始める場合
過去3年以内に財産開示期日が実施されたことを示す実施証明書、財産開示期日調書の写し、または財産開示実施決定の写しを追加します。実施証明書は、その財産開示期日を実施した裁判所に申請して取得します。
ワンストップ執行手続にかかる費用
申立てをする時点で必要な収入印紙は、財産開示から始める場合が原則2,000円、第三者からの情報取得から始める場合が原則1,000円です。
給与を支払う勤務先が判明し、給与差押命令の審理へ進むときは、原則4,000円の収入印紙を追加します。債務名義による強制執行と先取特権の実行を同時に申し立てている場合は、差押命令の手数料が8,000円になります。
このほか、郵便切手、予納金、住民票や戸籍謄本などの取得費用がかかります。郵便切手と予納金は地方裁判所によって違います。
参考として、東京地方裁判所では、財産開示から始める場合の予納金は12,500円、第三者からの情報取得から始める場合は情報提供先1名で6,000円と案内されています。情報提供先を1名追加するごとに2,000円が加算されます。これは東京地方裁判所の金額であり、他の裁判所では異なる場合があります。
最初に納める収入印紙だけでなく、申立先の地方裁判所が指定する郵便切手と予納金も含めて準備してください。
申立て後、給与差押えまでどのように進む?
財産開示から始めた場合
- 裁判所が申立書と添付書類を審査します
- 財産開示手続の実施決定が相手に送達され、1週間以内に執行抗告がなければ確定し、裁判所が財産開示期日を指定します
- 相手が財産目録を提出し、財産開示期日で財産について述べます
- 給与を受け取っている勤務先が分かれば、給与差押命令の審理へ進みます
- 相手が財産を開示しなかった場合は、反対の意思を示していなければ、市区町村から給与情報を得る手続へ進むことがあります
給与を受け取っている勤務先が開示されず、市区町村からも情報を得られなければ、給与差押命令へは進みません。
第三者からの情報取得から始めた場合
- 裁判所が申立てを認めると、情報提供命令を出し、相手と申立人に送達します
- 相手が送達から1週間以内に執行抗告をせず命令が確定すると、裁判所が市区町村、日本年金機構、共済組合などへ命令を送り、指定した機関が給与に関する情報を提供します
- 裁判所から申立人へ情報提供書の写しが送られます
- 勤務先と給与を特定できれば、給与差押命令の審理へ進みます
情報提供には法律で決められた回答期限がありません。裁判所の案内では約2週間が一つの目安ですが、情報提供先の事情によって時間がかかることがあります。
勤務先が分かった後
勤務先や差し押さえる給与を特定するための情報が足りない場合は、裁判所から追加提出の連絡が届きます。指定された期限までに必要な情報を提出しなければ、給与差押命令の申立ては取り下げたものとして扱われます。
給与差押命令が出ると、相手と勤務先に送達されます。差押えの効力が生じるのは、勤務先に命令が送達された時点です。養育費の給与差押えでは、税金や社会保険料を差し引いた手取額の2分の1までが原則として対象になります。手取月額が66万円を超える場合は、33万円を除いた金額が対象です。
申立人が勤務先から養育費を受け取れるのは、差押命令が相手に送達された日から1週間が経過した後です。勤務先から支払いを受けた場合は、裁判所へ取立(完了)届を提出します。
ワンストップ執行手続で誤解しやすいこと
申し立てれば勤務先が必ず分かるわけではありません
相手が働いていない場合、情報提供先が勤務先情報を保有していない場合、得られた情報だけでは給与を特定できない場合があります。その場合は、給与差押命令へ進まずに手続が終わります。
預貯金や不動産は同じ申立てで差し押さえられません
ワンストップ執行手続で差押命令までつながるのは給与です。預貯金や不動産を対象にする場合は、その財産を特定し、別の手続で差押えを申し立てます。
申立て後も、裁判所からの連絡への対応が必要です
勤務先が判明した後に、給与を特定するための追加情報や差押命令の手数料を求められることがあります。期限までに提出や納付をしなければ、給与差押命令へ進めません。
勤務先がすでに分かっている場合は、通常の給与差押えを利用します
相手の勤務先を特定でき、執行力のある債務名義または実行できる先取特権の根拠がある場合は、勤務先を調べるためのワンストップ執行手続ではなく、通常の給与差押命令を申し立てます。勤務先が分かっているだけで、給与を差し押さえられるわけではありません。
ワンストップ執行手続を利用したい方へ
手元にある書面、未払いが始まった月、これまでに行った財産調査や強制執行、過去の財産開示によって、使う申立書と必要書類が変わります。
養育費等のワンストップ執行手続を利用できるか、どの申立書を選べばよいか分からない場合は、現在お持ちの書面と未払い状況をもとにご相談ください。