2026年4月1日から、取り決めた養育費が支払われないときは、**先取特権(さきどりとっけん)**に基づく差押えを申し立てられる制度が始まりました。
この制度により、調停調書や強制執行認諾文言付き公正証書がなくても、父母の合意書面などを提出して差押えを申し立てられる場合があります。
ただし、公正証書が不要だからといって、口約束だけで直ちに回収できるわけではありません。養育費の取り決めを示す文書、未払いの内容、差し押さえる財産に関する情報などが必要です。
養育費の先取特権とは
先取特権とは、法律で定められた一定の債権について、相手の財産からほかの一般債権者より優先して弁済を受けられる権利です。
養育費については、毎月など定期的に支払う内容が定められ、支払期限が明確な部分のうち、法務省令で定める範囲に先取特権が認められます。
従来の強制執行では、父母だけで作成した合意書があっても、それだけでは差押えに使える債務名義になりませんでした。新しい制度では、その合意書面を先取特権の存在を示す文書として提出し、担保権の実行として差押えを申し立てる道が設けられています。
公正証書なしで差押えを申し立てるための条件
父母間で取り決めた養育費について先取特権を使う場合は、少なくとも次の点を確認する必要があります。
| 確認する点 |
内容 |
| 養育費の取り決め |
毎月の金額、支払期限、対象となる子どもなどが定められている |
| 取り決めを示す文書 |
父母の合意書面、調停調書、公正証書、審判書などがある |
| 対象となる支払い |
2026年4月1日以後に発生した養育費である |
| 未払い |
支払期限を過ぎても支払われていない分がある |
| 差し押さえる財産 |
給与の勤務先や預貯金の金融機関・支店などを把握している |
裁判所は、合意書面が作成者本人の意思に基づいて作られたことを確かめるため、追加資料を求める場合があります。署名や作成経緯、やり取りの記録も整理しておくと、提出資料を確認しやすくなります。
公正証書なしの差押えは可能になりましたが、取り決めを示す文書なしの差押えまで一律に認められたわけではありません。
合意書面には何を記載しておくか
先取特権の対象は、支払期限が定められた定期金債権です。父母で合意書を作るときは、誰が誰に、どの子どもの養育費として、いつからいつまで、毎月いくらを、毎月何日までに支払うのかを明確にしてください。
| 書面で明確にする内容 |
記載の考え方 |
| 父母と子ども |
氏名などで当事者と対象の子どもを特定する |
| 月額 |
子どもごとの金額または複数の子どもの合計額を明確にする |
| 支払期間 |
支払開始月と終了時期を定める |
| 支払期限 |
「毎月末日まで」など各月の期限を定める |
| 支払方法 |
振込先口座や振込手数料の負担を定める |
| 作成の確認 |
作成日を入れ、父母が合意したことを署名等で確認する |
LINEやメールに合意内容が残っていても、その記録だけで申立てに必要な合意書面として十分かは、内容や作成経緯によって異なります。メッセージがあるだけで利用できると決めつけず、提出前に書面の内容を確認することが大切です。
2026年4月より前に離婚・合意していても対象になるか
先取特権が付くのは、2026年4月1日以後に発生した養育費です。
離婚や養育費の合意が2026年3月31日以前でも、書面で定めた毎月の養育費のうち、2026年4月1日以後に支払期限を迎える分は対象になり得ます。一方、同年3月31日以前に発生した未払い分へ、今回の先取特権をさかのぼって使うことはできません。
離婚時に養育費の取り決め自体がない場合は、先取特権の前提となる形成養育費もありません。ただし、2026年4月1日以後に離婚し、離婚時から引き続き子どもを主として監護している場合は、取り決めまでの暫定的な法定養育費について、別の要件で担保権実行を申し立てられる場合があります。
月8万円は養育費の上限ではない
先取特権が付与される金額は、子ども1人につき月8万円が上限です。これは、父母が取り決められる養育費の月額上限ではありません。
取り決めた月額が先取特権の上限を超えるときも、養育費の合意自体が上限額まで減るわけではありません。強制執行認諾文言付き公正証書、調停調書、審判書などの債務名義があれば、取り決めた全額について通常の強制執行を申し立てることができます。
また、月8万円は回収を保証する金額ではありません。実際に受け取れる金額は、相手に差し押さえられる財産があるか、ほかの担保権や先取特権と競合しているか、差押えの範囲などによって変わります。
公正証書や調停調書がある場合との違い
先取特権に基づく担保権実行と、債務名義に基づく強制執行は、提出する文書と請求できる範囲が異なります。
| 比較 |
先取特権に基づく担保権実行 |
債務名義に基づく強制執行 |
| 主な文書 |
父母の合意書面など |
強制執行認諾文言付き公正証書、調停調書、審判書など |
| 対象となる時期 |
2026年4月1日以後に発生した養育費 |
債務名義に記載された請求範囲による |
| 金額 |
子ども1人につき月8万円まで先取特権が付く |
取り決めた養育費全体を申し立てられる |
| 優先関係 |
一般債権者に対する一定の優先弁済がある |
債務名義があるだけで常に優先されるわけではない |
公正証書や調停調書がある方は、月8万円を超える部分も含めて、どの申立てを使うか確認してください。先取特権に基づく申立てと、債務名義に基づく強制執行を同時に申し立てられる場合もあります。
給与や預貯金を差し押さえるには財産の特定が必要
先取特権があっても、裁判所が相手の財産を自動的に探してくれるわけではありません。
勤務先が分かる場合は給与債権を、取引している金融機関と支店が分かる場合は預貯金債権を差押えの対象として申し立てます。給与については未払い分に加えて一定の将来分も対象にできる場合がありますが、預貯金は未払い分に限られます。
申立先は、原則として相手の住所地を管轄する地方裁判所です。申立書、合意書面等、会社の資格証明書、住所や氏名の変更をつなぐ公的資料など、差し押さえる財産と状況に応じた書類を準備します。
相手の勤務先が分からない場合
差し押さえる給与を特定できない場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を検討します。2026年4月からは、一定の場合に、財産情報を調べる申立てと給与差押えの申立てをまとめて進めるワンストップ執行手続も利用できます。
ただし、申立てをすれば勤務先や口座が必ず判明するわけではありません。給与情報について第三者からの情報取得を使う場合は、原則として相手について3年以内に財産開示期日が実施されていることなどの要件があります。情報が得られても給与債権を特定できなければ、差押命令へ進めないことがあります。
先取特権があっても自動回収ではない
養育費の先取特権は、父母だけで作成した合意書面から差押えへ進める可能性を広げた制度です。一方で、自動回収ではありません。
裁判所へ申立てを行い、養育費の取り決め、未払い額、提出した文書、差し押さえる財産などについて審査を受けます。相手に給与や預貯金などの財産がなければ、差押命令が出ても回収できないことがあります。
また、先取特権は一般債権者に対する優先権ですが、ほかの先取特権、質権、抵当権などとの関係では、養育費が常に最優先になるわけではありません。
公正証書がない場合は、まず合意書面に毎月の金額と支払期限が記載されているか、2026年4月1日以後の未払いがいくらあるか、相手の勤務先や口座をどこまで把握しているかを整理してください。そのうえで、先取特権に基づく担保権実行を使えるか、債務名義を取得する手続が必要かを判断します。