未払いの養育費を回収するために、給与や預貯金の強制執行を考えている方もいると思います。相手が支払いに応じないときの有効な回収方法ですが、申し立てれば必ず未払い分の全額が入金されるわけではありません。
ここでいうデメリットとは、強制執行をすると損をするという意味だけではありません。勤務先へ差押命令が届き、相手が退職・転職すれば今の勤務先から回収できなくなる可能性、全額を受け取るまでの時間、申立費用、命令後に残る取立てや届出など、養育費を受け取る側に生じる可能性がある負担や不確実性を指します。
相手が任意に支払わず、強制執行に使える書面があり、勤務先や預貯金口座が分かっている場合は、デメリットを踏まえても強制執行を行う価値があります。大切なのは、どのような負担があるかを知ったうえで、回収の見込みがある財産を選ぶことです。
未払い養育費の強制執行で考えられる5つのデメリット
強制執行で考えられる主なデメリットは、次の5つです。すべてが必ず起きるわけではありません。給与と預貯金のどちらを差し押さえるか、相手が同じ勤務先で働き続けるか、口座に残高があるかによって、実際に生じる負担は変わります。
以下では、どのような場合に起きるのか、なぜ受け取る側のデメリットになるのか、それでも強制執行を行う価値があるのはどのような場合かまで説明します。
強制執行で考えられる5つのデメリット- 1 勤務先に知られ、相手が退職・転職する可能性がある — 相手が退職すると今の給与から回収できず、転職先の調査と再申立てが必要です
- 2 給与から一度に全額を回収できない — 未払い額が大きいほど、全額を受け取るまでに時間がかかります
- 3 預貯金の残高が不足していることがある — 費用をかけても、残高がなければその口座から回収できません
- 4 費用をかけても回収できないことがある — 財産を特定して申立てても、退職や残高不足で回収できない場合があります
- 5 命令後も調整・取立て・届出が必要になる — 相手への対応、入金管理、勤務先や銀行への取立て、裁判所への届出が続きます
1. 勤務先に知られ、退職・転職で今の勤務先から回収できなくなる可能性があります
相手の給与を差し押さえる場合、裁判所から勤務先へ差押命令が届きます。勤務先は、差し押さえられた給与を相手本人へ支払えなくなり、養育費を受け取る側が支払いを求める相手になるためです。
会社に一切知られずに給与差押えを進めることはできません。少なくとも、命令を受け取り、給与を処理する総務・人事・給与担当者などには事情が伝わります。
勤務先に知られたことを理由に、相手が必ず退職するわけではありません。ただ、相手が職場に居づらさを感じ、反発して退職・転職する可能性はあります。相手がその勤務先を退職すると、元勤務先から支払われる給与がなくなるため、その会社からの回収は続けられません。
未払い養育費そのものが消えるわけではありません。しかし、新しい勤務先の給与を差し押さえるには、転職先を特定したうえで、未払い分や条件を満たす将来分について改めて手続を行う必要があります。現在の差押命令が転職先へ自動的に引き継がれることはありません。
これがデメリットになるのは、勤務先を巻き込むことへの心理的な負担に加え、退職・転職が起きると、新しい勤務先を調べ、もう一度申立てを行う時間と費用がかかるためです。転職先が分かるまでは給与から回収できなくなり、その間にも未払いが続く可能性があります。
一方、同僚全員へ通知される制度ではなく、差押えを理由に必ず解雇されるわけでもありません。相手が同じ勤務先で長く働いている場合は、給与差押えを続けやすく、未払い分を毎月少しずつ回収できる可能性があります。現在の勤務先で継続して働く見込みがあるなら、将来の退職・転職を心配して手続を見送るより、今の給与を差し押さえる価値があります。
2. 給与を差し押さえても、一度に全額を回収できるとは限りません
養育費の給与差押えでは、原則として税金や社会保険料などを差し引いた手取額の2分の1までが対象です。手取額が月66万円を超える場合は、原則として手取額から33万円を差し引いた額が上限になります。
たとえば、相手の手取額が月32万円なら、差し押さえられるのは最大16万円が目安です。未払い養育費が60万円あっても、その月の給与から60万円全額を受け取れるわけではなく、回収が複数月にわたることがあります。
これがデメリットになるのは、未払い額が大きいほど、全額を受け取るまでに時間がかかるためです。すぐに必要な子どもの生活費や学費を、その月の給与差押えだけでは補えない場合もあります。ほかの差押えが競合している場合や、勤務先が供託する場合には、実際に受け取れる金額や時期がさらに変わることがあります。
それでも、相手に安定した給与があれば、複数月にわたって継続的に回収できる可能性があります。一度に全額を受け取れなくても、毎月の給与から少しずつ回収できるなら、相手の任意払いを待つより給与差押えを行う価値があります。
未払い分を全額請求できることと、その月の給与から同じ金額を受け取れることは別です。
3. 預貯金を差し押さえても、残高が不足していれば十分に回収できません
預貯金の差押えで対象になるのは、差押命令が銀行などへ届いた時点にある預金です。事前に把握していた残高と、命令が届いた時点の残高が同じとは限りません。
たとえば、未払い養育費が100万円でも、命令が届いた時点の残高が20万円なら、その口座から回収できるのは20万円の範囲です。残高がなければ、その口座からは回収できません。また、同じ口座へ後日入金されたお金を、その命令で自動的に継続して回収することもできません。
これがデメリットになるのは、申立費用と書類を用意しても、結果が0円または未払い額の一部だけになる可能性があるためです。預貯金は給与のように毎月継続して差し押さえる方法ではないため、残高が不足していれば、別の財産を対象にした手続が必要になることもあります。
ただし、金融機関と支店が分かり、まとまった残高があると見込める場合は、一度の差押えで未払い分の多くを回収できる可能性があります。口座情報が確かで、相手が日常的に使っている口座など残高を見込める事情があるなら、預貯金を差し押さえる価値があります。
4. 申立てに費用と準備が必要でも、回収できないことがあります
通常の養育費の債権差押命令は、申立手数料が原則4,000円です。このほか、裁判所ごとに金額が異なる郵便料、送達証明書や資格証明書などをそろえる費用がかかります。
給与を対象にするには勤務先を、預貯金を対象にするには原則として金融機関と支店を特定しなければなりません。分からない場合は財産開示や第三者からの情報取得を利用できることがありますが、別の要件と費用があり、情報が得られただけで養育費を回収できるわけではありません。
これがデメリットになるのは、申立手数料や郵便料を先に用意し、書類をそろえる時間をかけても、相手が退職していたり、口座残高がなかったりすれば回収できないためです。回収できなかった場合でも、申立てに使った時間まで戻るわけではありません。
ただし、勤務先や預貯金口座が分かり、回収できる可能性が高い場合は、費用をかけて進める価値があります。対象財産が分からない場合は、いきなり差押えを申し立てるのではなく、財産を調べる方法から考えた方がよいこともあります。
5. 差押命令後も、相手との調整・取立て・裁判所への届出が必要です
差押命令が出ても、裁判所が勤務先や銀行から毎月自動で回収し、自分の口座へ送金してくれるわけではありません。
養育費を含む差押えでは、相手へ差押命令が届いた日から1週間が過ぎると、原則として養育費を受け取る側が勤務先や銀行へ連絡し、支払方法を確かめて取り立てます。支払いを受けたときは、全額か一部かを問わず、裁判所へ取立届を提出します。全額を回収した場合は取立完了届が必要です。
差押命令が届いた後に、相手から「直接支払うので取り下げてほしい」「分割払いにしてほしい」と連絡が来ることもあります。任意に支払っただけで差押えが自動的に終わるわけではありません。回収済みの金額、残っている未払い分、申立てにかかった費用、将来分の扱いを分けて確かめたうえで、必要に応じて取立届や取下書を裁判所へ提出します。
これがデメリットになるのは、命令が出た時点では回収が終わらず、その後も勤務先や銀行との連絡、相手から提案が来た場合の判断、入金と残額の管理、裁判所への届出が続くためです。約束だけで差押えを取り下げた後、相手が支払わなければ、再び手続が必要になることもあります。
給与差押えが長く続くときは、入金日、回収済みの金額、残額を継続して管理します。取立てができるようになった日から2年が過ぎても事件を続ける場合は、原則としてその後4週間以内に、取立届または支払いを受けていない旨の届出が必要です。その後も、最後の届出から2年ごとに同じ管理が必要になります。所定の届出をしないと、裁判所が差押命令を取り消すことがあります。
それでも、相手に直接支払いを求め続けるだけでは動かなかった場合に、勤務先や銀行を通じて回収できる可能性があることは、強制執行の大きな利点です。命令後の取立てや届出まで対応できるなら、手続上の負担を踏まえても利用する価値があります。
相手から取下げを求められても、約束だけで判断せず、実際の入金額と残額を確かめてから対応してください。
こうしたデメリットを踏まえても、強制執行をする価値はある?
強制執行で考えられるデメリットが、すべてのケースで生じるわけではありません。多くは、回収できる金額や時期が財産の状況に左右されること、申立て後にも受取側の作業が残ることです。
強制執行を進める価値があると考えやすいのは、次の3つがそろっている場合です。
- 調停調書、審判書、判決、強制執行認諾文言付き公正証書など、強制執行に使える書面がある
- 相手の勤務先、または預貯金の金融機関と支店が分かっている
- 相手が任意に支払わず、費用や手間をかけても回収したい未払いがある
この3つがそろっていれば、勤務先への通知や申立て後の作業があっても、強制執行を具体的に考える価値があります。特に、相手が同じ勤務先で継続して働いている場合は、給与差押えによって未払い分だけでなく、条件を満たす将来の養育費も対象にできることがあります。
一方、勤務先が分からない、転職を繰り返している、口座の支店が分からない、残高が見込めないという場合は、申立て前に対象財産を調べる方法から考えた方がよいこともあります。デメリットを知る目的は、強制執行を諦めることではなく、回収できる可能性が高い方法を選ぶことです。
養育費の回収を迷っている方は、お気軽にご相談ください
強制執行には負担や回収できない可能性がありますが、相手が任意に支払わない場合には、有効な回収方法です。
調停調書、審判書、判決、公正証書などの内容、未払いになった月と金額、分かっている勤務先や金融機関をもとに、利用できる手続と回収の見込みを判断できます。強制執行に進むか迷っている段階でも、お気軽にご相談ください。